Vol. 26 ~シリア、空爆後の東グータで市民が呼吸困難 「毒ガス」使用か~

コラム

【参考サイト】https://www.afpbb.com/articles/-/3170392

 

 こういう記事を見て、いつも思うことがある。

 

 国際条約に違反した武器を使用した罪を問う記事。勿論、いけないモノを使った罪は理解できる。さらに、化学兵器で苦しむ被害者の写真を目にするとより怒りを感じる。

 

 しかし、この武器なら人を殺していい、これならダメ。このやり方は卑怯だからダメ、これなら仕方ない。

 

 なぜだろう。僕がひねくれているのだろうか?クレスター爆弾も化学兵器も、ロケット弾も機関銃もやり方や場所によっては殺傷能力にかわりなく、あったとしても、大量に殺せるものはダメ、それ以外はならいいという線引きに納得いかない。

 

 さらに、使っちゃいけないけど、持つのはいい核兵器。大国ならば、作っちゃったんだから、核抑止になるし、それは仕方ない。この理論も同じこと。反核運動家を擁護しているわけでもなく、詭弁に平和主義を謳いたいわけでもない。

 

 結局、戦争を無くそうなんて意志はなく、自分や身近な人さえ巻き込まれなければいいという大多数の人類の意見なのだと納得することになる。

 

 だから、今まで通り、我々世界史講師は、死ぬまで、世界史の中で戦争史を教え続けることになる。

 

 この記事を読む限り、戦争は消えない。

 

 

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